高知城(高知市丸ノ内:高知の観光地)
高知城の所在地は、高知市丸ノ内1丁目です。高知市の中心部にあり、南側に高知県庁や高知市役所。北側には県立武道館や城西公園があります。
今から約400年ほど昔に建築されたお城で、国宝に指定されている由緒ある建造物です。
出典:http://kochipark.jp/kochijyo/
山内一豊(初代藩主)
高知城は、土佐藩初代藩主・山内一豊によって創建されました。山内一豊は、天文14年(1545年)に尾張国で出生し、慶長10年(1605年)に高知城で病死しました。
(誕生年は、天文15年(1546年)という説もあります)
山内一豊は、豊臣秀吉、徳川家康らに仕えた武将で、関ヶ原の戦いで徳川方に従った功績から、土佐国9万8千石を与えられています。その後、土佐藩は、20万2,600石に加増されました。
高知城の歴史
高知城は、1601年(慶長6年)に築城着工。1603年(慶長8年)、本丸と二ノ丸の石垣工事が完成し初代藩主山内一豊が入城。1611年(慶長16年)に三ノ丸が完成して、着工以来10年目で、ほぼ全城郭が整ったことになりました。
その後、1727年(享保12年)、家事で焼失。また、1871年(明治4年)の廃城令で、1873年(明治6年)にほとんどの城郭建造物がとり払われてしまいました。
1934年(昭和9年)、国宝に指定され、大がかりな修復工事(石垣など)を数回行って現在に至っております。
辷り山(すべりやま)
上記(高知城俯瞰マップ)、高知城北側の辷り山(すべりやま)。
この場所は、昭和の頃、硬派学生(別名:不良)が決闘の場所「おぅっ!」として使っていました。
高知市立動物園
実は、高知に住んでいる人の中にも、もうお忘れになった方が多いのですが、昭和25年から平成5年まで、梅の段の西下に動物園がありました。
狭い敷地内の動物園でしたが、象だっていたのです。南海子(なみこ:昭和27年~昭和46年)に、昭和51年にはターコというメスの子象がいましたが、翌年の昭和52年にチャムというオスの子象が来園した1ヶ月後にターコは亡くなってしまいました。可哀想でした。チャムがいつ頃まで存命していたかは不明です。
高知市立動物園は、現在、高知市桟橋通6丁目に移転し「わんぱーくこうち」という施設名になっています。
最後までご拝読を頂きありがとうございました。